大隈講堂の新宿ドキュメンタリー企画が凄くよかった

早稲田の演劇博物館で公開中の「あゝ新宿展」の一環として大隈講堂で開催された「新宿1968-1969 ドキュメンタリー/ハプニング/ジャズ」がめちゃくちゃ面白かったので感想書こうと思います。


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今回田原総一朗がTV東京(当時は東京12チャンネル)のディレクターだったときに関わったドキュメンタリー作品が上映されて、それと関連した当時の新宿の特別性について田原や山下洋輔宮沢章夫やその他の豪華なゲストで語り合う、といった企画でした。

上映された作品は

  1. 1969テレビ東京バリケードの中のジャズ〜ゲバ学生対猛烈ピアニスト〜」
  2. 1968「木島則夫ハプニングショー
と、あともう一つ、田原総一朗がフーテン(新宿のヒッピー的な存在)に密着した作品があったんですが題を忘れました。


バリケードの中のジャズ

この作品は、学生運動真っ盛りの早稲田大学で、当時熱狂的人気だった山下洋輔が学生からの誘い(挑発)に乗り、その学生と敵対するセクトの陣営の中に持ち込んだピアノを演奏する、学生はセクトを超えて全員がジャズに酔いしれる……という内容で、当時の大学の溢れんばかりのエネルギッシュな雰囲気が良い作品なんですが、

実はこれ、山下洋輔がピアノを弾くところまで田原総一朗のヤラセなんです。人気ピアニストを撮りたい田原総一朗が「ピアノを弾きながら死にたい」っていう山下洋輔の言葉を引き出して「それ面白い、やろう」ってことでスポンサーの許可も得て、仲の良い全共闘の学生と組んで当日ゲリラ演奏を実行する。

このトークで田原総一朗が「視聴者はハプニングを期待してテレビを観るから我々はそれに答えなきゃいけない。ヤラセってのは一見ハプニングと逆説的な存在に見えるけど、ヤラセをやっていくなかで撮る対象は必然的に自分の演技をしなければならない。その演技の中でその人の内面、本当のことが現れてくる、それがハプニング」みたいなことを言っていて印象的でしたね。ドキュメントと言っといてそんなのアリかよ、と思いますがすごい合理的な番組づくりだとも感じてしまう。僕の中で田原総一朗って「人の話を聞かない、やたら発言力の強い老害津田大介」的なイメージが強かったんですけど今回でそのイメージが一変しましたね。人を動かすというか圧倒するのが上手い人なんだなと。


「木島則夫ハプニングショー」とその他1つ

僕が特に感動したのはこの2つの作品で、ともに新宿のフーテンが関わる作品です。

ハプニングショーでは当日の朝刊の広告に「今夜10時半に歌舞伎町広場にお集まりください」という番組広告を載せてその現場のようすを生中継するんですが、木島則夫が現場の圧倒的な数の若者をコントロールできずに喫茶店に逃げ込んで若者に対する感情を吐露していきます。その中で近くの若者に「面白いことは何か」とインタビューするんですが、その若者が「面白いことはない。だけど新宿に行けば何か面白いことがあるんじゃないかと思って新宿に集まる」ということを言うんですね。

羨ましいと思いませんか?新宿に行けば何かあるっていう期待。僕は比較的多趣味な人間なので日々の楽しみに事欠くことはあまりないんですけど(金を欠くことは度々あるけど)、当たり前だけど趣味って自己完結的な楽しみでしかなくて。期待とか可能性が直に感じられる場の存在って凄く凄く羨ましい。

ハプニングショーももう一つの作品も、そういう「場の力」みたいなものが溢れ出てくる作品でした。


「1960年代の新宿」という場

映像ではフーテン達がいかにも暇そうに、だけど楽しそうに新宿の広場で意味不明な行動をしたり海辺をのたうち回ったりするんですけど。1960年代という時代と新宿という場がもつあらゆる方向への可能性と自らの若さが持つバイタリティに酔っ払ってしまっているんだと観ていて感じたんですよね。
今の時代に希望がない、なんて言ったら怒る人たちはいますけど、行く末がもう大体見えてしまっている閉塞感って皆感じているんだと思うんです。それはなんとなくクリスタルな時代から始まって段々と感じられるようになってきたもので、これからどんどん可視化されてくる。
そういう諦めの中を僕らが生きている中で一体どんな希望も持つべきなんだろう?ということを最近特に感じていたので、今とは逆の意味の「これからどうなるかわからない」という雰囲気の新宿の映像はとにかく新鮮でした。

演劇博物館の「あゝ新宿展」は8月までやっているので興味のある方は足を運んでみるといいと思います。面白いですよ!