読書感想文:フォークナー「八月の光」



まとめ

新潮文庫許さんからな


フォークナーの八月の光(加島祥造訳・新潮文庫)を読み終わったので感想書きたいんですけど、まず文庫本の裏のあらすじみたいなのあるじゃないですか。
臨月の田舎娘リーナ・グローブが自分を置き去りにした男を求めてやってきた南部の町ジェファスン。そこでは白い肌の中に黒い血がながれているという噂の中で育ち、「自分が何者かわからぬ」悲劇を生きた男ジョー・クリスマスがリンチを受けて殺される‐‐素朴で健康な娘と、南部の因習と偏見に反逆して自滅する男を交互に描き、現代における人間の疎外と孤立を扱った象徴的な作品である。  新潮文庫「八月の光」裏表紙より)

このようにあらすじでは2行目にジョー・クリスマスという男が死ぬんですけど。裏表紙にこう書かれたら当然その死が前提になって物語が進んでいくんだろうな、とか思いながら読むじゃないですか。でもなかなか死なないんですよクリスマス。半分過ぎても死なない。ようやく死ぬのが、

「やっぱりあんたはまだ聞いてねえんだな。一時間も前さ。あの黒ん坊、クリスマス。あの野郎が殺されたのさ」  (p574)

p574!!!小説は全体で656ページです。周りの人間達の縁や彼らの過去に絡まれて、クリスマスは自分の黒い血が持つ自身の運命への決定的な力に抗おうとして死ぬんです。それは滑稽かつ壮絶な死で、普通に読み進めて辿り着いたなら息を呑んで一旦本を閉じて文章を噛みしめるべきクライマックス。ところが新潮文庫のせいで僕とおそらく他の大部分の一般的な読者は「あーここで死ぬか」くらいしか感じるものがないんですよ。あとがきもめちゃくちゃサラッとしてるし勘弁してくれ。

でもネタバレを抜きにしても面白かったです八月の光。フォークナーを読んだのは今回が初めてで、最近自分の趣味はswampな方向なのかなと思ってきたのでアメリカ古典文学を探して、例のあらすじに惹かれて読み始めたんですけど。人物それぞれに作者の愛を感じるんです。人生をかけて自分の血の運命的な力に抵抗するクリスマスをはじめとして女性の「受容」という力を体現するリーナ、クズ野郎ブラウンといった登場人物がそれぞれの過去に囚われながら生きる様が凄く力強い。小説の中心になる物語は1930年ごろの八月中の11日間の出来事なんですが、その進行中の時間と同時に人物達の過去が鮮やかに描かれます。その描写が物語をグンと深く広げていって、どんな登場人物も憎むことができない。

終盤の展開にはページをめくる手が止まらず、今までなかなか出会えなかった力強い読書体験を得ることができました。ただ個人的に心残りなのは、物語にキーワードとしてアメリカ南部・北部の人々の間の確執とキリスト教が深く関わるので、知識の浅い自分はところどころで引っかかることがあったので、その背景の理解があればもっとはっきりと物語の手触りを感じられたんだろうな、ということですね。今回フォークナーへの興味を持つことができたのでこれを機会にこの分野の知識を身につけていきたいですね。

八月の光 (新潮文庫)

八月の光 (新潮文庫)